行儀

 昔わたしの家に出入りした男まさりの女髪結は娘を一人持っていた。わたしは未だに蒼白い顔をした十二三の娘を覚えている。女髪結はこの娘に行儀を教えるのにやかましかった。殊に枕をはずすことにはその都度折檻を加えていたらしい。が、近頃ふと聞いた話によれば、娘はもう震災前に芸者になったとか言うことである。わたしはこの話を聞いた時、ちょっともの哀れに感じたものの、微笑しない訣には行かなかった。彼女は定めし芸者になっても、厳格な母親の躾け通り、枕だけははずすまいと思っているであろう。……



次(自由) 目次 モード変更