荻生徂徠(草稿との比較)

青空文庫版草稿
 荻生徂徠は煎り豆を噛んで古人を罵るのを快としている。わたしは彼の煎り豆を噛んだのは倹約の為と信じていたものの、彼の古人を罵ったのは何の為か一向わからなかった。しかし今日考えて見れば、それは今人を罵るよりも確かに当り障りのなかった為である。

 荻生徂徠は炒豆を噛んで古人を罵るのを快とせし由、炒豆を噛めるは倹約の為か、さもなければ好物の為なりしなるべし。然れども古人を罵れるは何の為なるかを明らかにせず。若し強いて解すべしとせば、妄りに今人を罵るよりはうるさざりし為ならん乎。我等も罵殺に快を取らんとせば、古人を罵るに若くはなかるべし。幸いなるかな死人に口なきことや。

(出典)(株)岩波書店発行(1997年)・芥川龍之介全集・第21巻・429頁
サイト制作者注(1):この草稿には表題がありませんが、その内容から「荻生徂徠」の項との比較ページを作成しました。
サイト制作者注(2):仮名遣いを新仮名遣いにし、一部に振り仮名を付けました。

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