作家
文を作るのに欠くべからざるものは何よりも創作的情熱である。その又創作的情熱を燃え立たせるのに欠くべからざるものは何よりも或程度の健康である。瑞典式体操、菜食主義、複方ジアスタアゼ等を軽んずるのは文を作らんとするものの志ではない。
又
文を作らんとするものは如何なる都会人であるにしても、その魂の奥底には野蛮人を一人持っていなければならぬ。
又
文を作らんとするものの彼自身を恥ずるのは罪悪である。彼自身を恥ずる心の上には如何なる独創の芽も生えたことはない。
又
百足 ちっとは足でも歩いて見ろ。
蝶 ふん、ちっとは羽根でも飛んで見ろ。
又
気韻は作家の後頭部である。作家自身には見えるものではない。若し又無理に見ようとすれば、頸の骨を折るのに了るだけであろう。
又
批評家 君は勤め人の生活しか書けないね?
作家 誰か何でも書けた人がいたかね?
又
あらゆる古来の天才は、我我凡人の手のとどかない壁上の釘に帽子をかけている。尤も踏み台はなかった訣ではない。
又
しかしああ言う踏み台だけはどこの古道具屋にも転がっている。
又
あらゆる作家は一面には指物師の面目を具えている。が、それは恥辱ではない。あらゆる指物師も一面には作家の面目を具えている。
又
のみならず又あらゆる作家は一面には店を開いている。何、わたしは作品は売らない? それは君、買い手のない時にはね。或は売らずとも好い時にはね。
又
俳優や歌手の幸福は彼等の作品ののこらぬことである。――と思うこともない訣ではない。